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56. 鶴が共に空を舞うとき

前号の、日本人の感覚とは違う流儀で生きるロシア人のニューヨーカーのご紹介に続いて、今号は、『奇跡のコース』を学び、数々の奇跡を大勢の皆さんと分かち合い、平和を広げる日々を歩んでいるお仲間、源和子さんを通して、奇跡の広がり方の一端をお伝えしたいと思います。 祈りは届けられる。祈りは広がり、分かち合われる。祈りは平和の経験にわたしたちを導く。祈りを心に広げることが、人生の豊かさと意味を目撃する道。 和子さんは、それを実践し、自身の人生に豊かさと意味を目撃し、世界中の人たちがつながり合い、心の力を増やしてきたニューヨーカーです。 和子さんの奇跡の道を導き手になったのは、折鶴でした。 和子さんの前に、そして大勢のニューヨーカーや、あの頃全米から次々とニューヨークを訪れた数え切れないほどのアメリカ人の前に、いくつもの千羽鶴が現れたのは2001年の、同時多発テロ事件の後のことです。現場を囲んだフェンスには、花束や、キャンドルや、国旗などが所狭しと備えられていましたが、その中に、一つや二つではない千羽鶴が混じっていたのです。日本人以外のほとんどの人は、これ何? Origami じゃないの? 鳥みたいな形だね、随分たくさんあるのね、と首をかしげ、日本人の私たちも、「誰が折ったのかしら、誰がここに置いていったのかしら」と、首を傾げました。 アメリカ人に千羽鶴とは何かが明らかになったのは、9.11遺族の会のおかげでした。その方々が、東京の地下鉄サリン事件の遺族の方に会いに来日し、広島に足を伸ばした際、平和記念公園に溢れている千羽鶴を見つけたのです。そして、千羽鶴が、健康長寿の祈りを込めて折られるものであること、佐々木禎子さんという、2歳のときに広島で被爆されて12歳のときに亡くなった方によって、千羽鶴は、世界平和への祈りのシンボルにもなっていることを知るのです。 禎子さんは、 療養中に千羽鶴を受け取って、千羽鶴というのはこれほど心を慰めるものかと感じられて、ご自分でも折り始めます。小さい鶴を手のひらに紙をのせて 爪楊枝を使って折ります。その「サダコの鶴」が、千羽鶴を世界に運んだことをご存知の方も多いでしょう。 ニューヨークのテロ事件と、日本の原爆が、千羽鶴を間にしてこんな風に出会ったのですが、その出会いが驚くべきつながりを次々と生み出し、つながることで心に平和への祈りの思いを共に抱き合い、さらなる出会いに広がっていくことになりました。 出会い自体には、何の意味もありません。でも、「この出会いを大事にしたい」と思うなら、出会った相手との心のつながりが生まれ、つながりの中には、とてつもなく大きな意味が、つまり力があります。力があるところには、必ず奇跡があります。「この出会いを意味あるものにしたい」「たまたまここにいて、たまたま出会った自分が、その意味を見出し、相手と喜び、分かち合えるなら、ぜひそうしたい」と祈る心は、必ず叶えられるのです。 2001年のニューヨークと1945年の広島の出会いは、“つながり”、さらなる出会いとつながりを広げていきました。大勢のアメリカ人が、心を広げて被爆者の方々の話に耳を傾け、抱きしめることなど、それまでありませんでした。広島から飛び立った鶴は、トルーマン大統領の孫にも、真珠湾で攻撃を受けた遺族にも、ニューヨーク在のパレスチナ人の少年にも、他のテロ事件犠牲者の遺族の方々にも、届けられました。 そのプロセスの全てに、和子さんがいました。グラウンドゼロのフェンスで出会った千羽鶴と、彼女は、“つながり”を築いたのです。鶴と並んで世界を飛んだのです。 どうやって? ただ単に、「その出会いに参加しよう」「繋がろう」という自然な本能に従っただけ、ではなかったでしょうか。そのために、自らが持てるものを全部捧げる、という無意識の思いもあったでしょう。たとえば和子さんは、ニューヨークの民間非営利団体ジャパン・ソサエティに勤務、被爆者の声を世界に届けるプロジェクトに関わっていましたし、磨いてきた英語力やキャリアの力や、フットワークの軽さや、備わっている知性、情の深さ、等々がありました。そして何より、奇跡を受け入れる心の準備が整っていました。さらには、ご本人もそれまでは気づいていなかったかもしれない文章力も発揮され、『奇跡はつばさに乗って』という素晴らしい著書も上梓されました(講談社刊)。気前が良かったのです。ケチじゃなかったのです。自身が与えられているものを使ってもらうことに。 9.11.の遺族の会は、福島原発事故の後、ワールドトレードセンターの爆破された残骸の鉄くずで、大きな鶴の像を造り、福島県の郡山市に贈りました。 その像の写真を見せてくれながら、和子さんは言うのです。 「この鶴を前にして、この鶴の前に立って、わさわさと心が動く人はいないんじゃないでしょうか。私自身も、怒りや悲しみがあっても、折り鶴を目にすると自然に心が落ち着きます。やはり、平和を運ぶ心というのは、こういうものではないでしょうか」 このように、心の中に起こっていたいろいろな動きが鎮まり、心が穏やかさでいっぱいになるとき、心は翼を持つのでしょう。そして翼を持った心が共に飛ぶことで、一つ一つの心が孤独ではないことがわかるのでしょう。そしてその時、たとえば、和子さんが、ニューヨークに暮らしていた、ということの意味が、その影響力が、鮮やかに皆を捉え、皆を感謝で包むから、今、「和子さん、ありがとう」という声が世界に響きわたっているのですね。


( 初出誌 Linque Vol. 57 発行 : 国際美容連盟 2017年7月20日 )



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