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33. 2011年、お盆

今年は、珍しく、ちょうどお盆の時期に帰省していて、長い間ご無沙汰していた行事に参加しました。 実家は東京なので、お盆は旧暦にしたがって七月にします。十三日の夕刻、家の門と玄関との間に並んでいる敷石のひとつに専用の鍋を置き、オガラを割って入れ、燃やします。 「早く来て。門の前でみんな待ちくたびれてるわよ」 母は以前と同じ台詞でわたしたちを呼びました。みんなというのは、お盆で帰ってきてくださったご先祖さまたちのことです。 用意が整ってから、母は今度は、「お待たせしました。お帰りなさい」と言いながら、門を開けました。ご先祖さまたちが、迎え火を通り抜けて、家のなかに入っていきます。わたしと両親は、それぞれ鍋を三回ずつまたいで、その、ご先祖様によって清められた煙を、身体の各所に受けます。 「口と喉のあたりをしっかりね」 母が父に声をかけました。 数日前に、父の口のなかに癌が発見されたからなのでした。この夏、父は八十代にして生まれて初めての入院、手術を経験することになっています。 母の声と口調で、わたしが喘息持ちの子どもだった頃、祖母が毎年「喉と胸にしっかりね」と言って、煙を手のひらに掬っては、わたしの喉にはたくようにしてくれていたことを思い出しました。 ご先祖様は、三日間、滞在していきますが、わたしのよく知っているご先祖様は祖母ひとりです。でも、祖母は、亡くなるとき、早死にをした祖父にようやく会えるのを喜んでいたので、わたしには、祖父母が連れ立って、いたわり合って、玄関に入っていくのが見えたような気がしました。そして、祖父母が来てくれた以上、父は大丈夫だと思いました。父は、祖母の最期の数ヶ月、喜んで介護に参加し、祖母に、「神様のようだ」とさえ言われ信頼されていたのです。 祖母は、母の母です。一緒に暮らしていた頃は、祖母と父の間に遠慮や譲り合い、さらには対立も少なからずあったようですが、祖母の晩年がそんな具合だったこともあって、父は、「死んだら自分の両親より、あのおばあちゃんに会いたい」などと言っています。 父とは、癌の診断が出てから、父にとっての死後の世界について、残されたわたしたちにとっての父の死後の世界について、ずいぶんざっくばらんに話しました。父の人生の喜びについても、話せば話すほど、たくさんの喜びが掘り起こされていくようでした。父と他の人々との関係、そしてわたし自身との関係についても、よく話しました。忘れていたエピソードの数々が思い出されていくとともに、それぞれのエピソードが、今までと違った色彩と輝きを持って現れてきました。父との関係におけるすべての時間が、別の解釈に塗り替えられたような感じさえ持ちました。 父は、結果がどうであっても大丈夫だと言いましたが、わたしの正直な思いも同じでした。大事なものを一緒につかんだという実感があったのです。 死という思いがちらつく父の病気のおかげで、家族全員にとって、この夏は、死という終わりや別れは本物ではないこと、そんな見せかけを超えた、終わりのない関係を、わたしたちはしっかり結んでいるのだということを、心に持つ季節になりました。それぞれが、大勢の、親しい人の旅立ちを経験していますが、その、旅立った人たちのひとりひとりが、わたしたちの思いを助けてくれているように感じました。実に大勢の魂がこのヒーリングに参加し、家族全員が癒されたと思いました。病であってもなくても、老いていてもいなくても、わたしたちは致死率百パーセントなのですから、誰もが死の概念を癒されて通り抜けなければなりません。 ご先祖様は、三日間の滞在の後、お帰りになりました。たぶん天国へ。または黄泉の国へ。はたまた極楽浄土へ。いずれにしても、愛にあふれた心の場所へ。同様のやり方で送り火をたいて、お見送りしました。 門をあけると、ご近所でも、ちょうどお見送りの最中でした。お隣のおばあさま曰く、「うちは、旧盆と新盆と、二回やることにしているんですよ。耄碌して逝った人が多いですからね、どっちだったっけって忘れちゃってるんじゃないかと思って。どちらに来てくれても迎えてあげたくて」 こういう心遣いこそが、旅立った人とのコミュニケーションを可能にするのでしょう。そして、この地上にいる者同士のコミュニケーションも、同様の心遣いで円滑になるのに違いありません。 真にわかり合おうとすること、むき出しの自分を相手に触れ合わせること、愛を感じること、それはまさに、死を含めて身体的なあらゆる形を超えた、目に見えないものを経験することです。そしてそれは、死者と生者、死者と死者、生者と生者、すべての関係が、等しく、愛の可能性を持っていると示しています。 新盆の頃、父は手術を受けました。この夏、わたしたち家族は、親切とやさしさに、100%支えられたと思います。父が順調に恢復に向かい、大型台風が過ぎる頃にはほぼ完治したのも、そのおかげだと思っています。


(初出誌 Linque Vol.34 発行:国際美容連盟2011年9月)

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