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執筆者の写真Yasuko Kasaki

29.耳をすませて・・・

ニューヨーク州は、とても自然の美しいところです。 マンハッタンから車で一時間半ほども北上すれば、山々の連なりと、ハドソン川の豊かな流れ、いくつもの滝や渓流、渓谷があって、 わたしたちは、森の静寂を楽しみます。実際は、森は音波を放っているのですが、周波数が高く、そしてわたしたちの耳は、ある領域の周波しか聞き取れないので、音がしないと決めつけているのです。 わたしたちに聞き取る用意がなければ、森の音は存在しません。音波は、届く相手がいてはじめて、音として実現するのです。 同様に、わたしたちの心が発するものも、相手がいてはじめて、成り立ちます。 不平不満も、あふれる情愛も、それを認める誰かがいて、反応したり、笑顔で応えてくれる人がいて、はじめて”生まれ”ます。 「なんでこの人は、こんなこともやってくれないのだろう」と不満を持つことがあります。それで、相手にその不満をぶつけてしまうこともあれば、我慢して口をつぐんでいることもあります。どちらにしても、わたしの心にくすぶっている不満は、相手に伝わってしまいます。不満が言動に表れても表れなくても、相手は、わたしの不満の波動を感知してしまうからです。 逆の場合も同じです。誰かがわたしに不満を抱いているとき、わたしたちはそれを、見事に察知します。そして「ああ、わたしはまだまだダメなんだな。相手を満足させてあげられないんだな」とか「そんなつもりじゃなかったのに、誤解されてしまった。どうしたらわかってもらえるだろう」とか、さらに落ち込むときには「どんなに頑張っても、所詮、感謝され、愛される人間にはなれないんだ」とまで思い悩みます。あるいは「やっぱりあの人とはウマが合わないのだわ」と逃げの姿勢を決め込むかもしれません。 森の音を聞く耳を持たないわたしたちは、不満を感知する耳を発達させているようです。相手が文句の言葉をぶつけてきても、むっつり黙りこんでしまっていても、わたしが不平不満を受け取る力を持っていないならば、つまり、聞く耳を持っていないならば、なかったものと同然になります。 森の声は聞こえないものと思っているので、はなから聞こうとはせず、だから聞こえません。 しかし、不平不満の声は必ず聞こえる、自分の「ダメなところ」はいつかきっと弾劾されるはず、と信じているので、それを聞く用意をしています。だから実際に聞こえてきます。 わたしたちは、心に決めていることを、日常で経験しているのです。  こんな自分ではだめだという決め込みが、やっぱりだめだなと思わされる経験を作ります。  森には音がないという決め込みが、森の声を聴くという経験から自分を遠ざけています。  他者の中に見るもの、見ないものが、「自分の心が決めつけていること」「自分が、自分について信じていること」を教えてくれているのです。 森の音を無視するように、誰かの不平不満も見逃せれば良いのに! 代わりに、みんなのあたたかい友情や、きめ細やかな思いやりだけを感知していられればいいのに!  そうなれば、わたしは、すべての人たちと、友情と思いやりだけを分かち合い、実現し合って生きていけますね。 わたしたちは、見たいものを見て、聞きたいものを聞いて、それらを組み合わせて「これが現実」と決め込んできました。ですから、現実は変えられます。  自分はだめなんだという信念を取り払いたい、そうして、代わりに、友情と思いやりにあふれた言葉を聞きたい、と決めるなら、それは実現し、自分の心にも、友情と思いやりが豊かにあふれるのを感じるでしょう。  わたしたちはお互いを映し出す鏡、と言われるのはこういうことです。相手を見て、何を感じ、何を思うかをよく観察してみれば、自分が自分をどうとらえているかがわかるのです。 誰であれ、たった今、目の前にいるこの人も、わたしの心にいるあの人も、わたし自身が何を見たい、聞きたいと思っているか、自分を誰と決めているかを教えてくれるために、そこにいてくれるのですから。  同時に、わたしがその人の目の前にいるのは、その人に、その人は誰かを教えてあげるためなのです。  わたしたちは、その気づきを共に経験するために、お互いの人生に、登場し合っています。  わたしとあなたが出会ったのも、その理由です。あなたと彼が出会ったのも、同じ理由です。いかなる出会いも、それ以上のものではなく、それ以下のものでもありません。 最高にすばらしいことと思いませんか。出会いとは、相手が誰であれ、あるいは森や、山や、海であれ、例外なく同じ目的を果たすための、つまり幸せを心に取り戻し開花させるための贈り物なのだということは。  そのことに、気づいていなかったとき、わたしは人生のいちばん良いところを見過ごし、聞き過ごしていたのだなあと思います。そして、もう、そんなもったいないことはしたくないと思いながら、聞きたい音に耳をすませているのです。


(初出誌 Linque Vol.30 発行:国際美容連盟2010年11月)

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