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2. ニューヨークは磨かれた鏡

執筆者の写真: Yasuko KasakiYasuko Kasaki

最近、ひとりのメイクアップ・アーティストがニューヨークを引き上げて、日本に帰っていきました。 彼は、日本では大変成功している人でした。トップ・クラスのエージェントを持ち、有名人の数々を手がけるとともに、ファッション誌や広告で活躍し、業界ではかなり名が知られていたようです。仕事一筋で無我夢中にやってきたのが、気が付いたらまわりからちやほやされ、「なんとなくだれてきた自分がいた」のが、今までのキャリアを思いきって捨て、ニューヨークにやってきた理由だと話してくれました。 つまり、もっと成功するため、世界に打って出るため、さらに名をあげるためのチャレンジだったのです。ヴォーグやハーパースバザー誌で実力を発揮している自分を夢見ることが、彼に、久々の生気をもたらしてくれているようでした。  でも、私が彼に会った時の印象は、彼自身が考えている「人生の位置」とは少し違っていました。 この人は、上に昇っていく成功に別れを告げようとしている、業績や他人の目で自分を価値づけることをやめようとしていると思いました。止めずにはいられないほど、実は神経が疲れていたということでもあり、本当の満足をつかみたい!という力強い魂の声があがったということでもあるでしょう。「ここで何が起こるか楽しみにしていてくださいね。ニューヨークはほんとうの願いが必ず叶えられるところだから」と私は彼に言いました。 それは叶えられたでしょうか。もちろんです。 ニューヨークは彼にヴォーグ誌は与えませんでした。代わりに休息と、多種多様の友人を与えました。彼が、ここには似ている人がひとりもいないんだなあということを感じ、それはつまり、人の数だけ成功と満足の種類があり、だから、「頑張って特別な人間にならなくてもいいんだ」と実感したとき(二年半かかりましたが)彼の内に、どんな状況にも左右されない自信が生まれ、そして彼を必要としている日本の現場へ、晴れやかに戻っていきました。 ニューヨークは、魂の祈りを叶える場所。言い換えれば、ここにいると、エゴの奥にあるほんとうの祈りが何なのか、即時に、くっきり見られます。 もしまた自分に迷うことがあったらニューヨークに来ますと挨拶してくれた彼に、わたしは、たとえ三日間の滞在でも、その間に見るもの、巡りくる経験が、そのままあなたの切実な求めに対する答えだからと言いました。 世界は、心の鏡です。そしてマンハッタンというちっぽけな島にありとあらゆる人々がひしめき合っているニューヨークは、とりわけよく磨かれた鏡のような気がします。一度訪れた人がみんなここを好きになるのは、意識していなくても、いつのまにか祈りが叶えられているからだとも思います。

(初出誌 Linque Vol.3 発行:国際美容連盟2004年3月)

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