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47.『みんなの海だから』上映会 

執筆者の写真: Yasuko KasakiYasuko Kasaki

わたしたちのセンターCRSでは、今までさまざまな映画の上映をしてきました。もとより映画館ではないし、せいぜい45席程度のスペースなので、わたしたちがほんとうにみなさんと分かち合いたい作品、親しく会ってお話をききたい監督作品を、吟味して選んで、また、ご縁とタイミングを大事にしながら、プロデュースしています。

先日は、佐竹敦子さんの作品『みんなの海だから』を上映しました。上映前より評判行きわたり、第一回目はたちまちの満員御礼、すぐに二回目の上映会を追加することになりました。

佐竹敦子さんは、アメリカ人のご主人を持つお母さん。ランチタイムに息子さんの中学校のカフェテリアを訪ねて仰天します。床が、チキンナゲットやら何やらで、ひどく散らかっていたからです。その散らかったカフェテリアで、生徒たちがランチを食べていたのです。

日本には掃除当番や給食当番があって、自分たちで食べ物や教室を管理します。アメリカでは、生徒は何もせず、業者が学校に来ます。だからカフェテリアの床に、食べ物が散らばっているような状態でも、生徒たちは知らん顔なのです。

これはおかしいんじゃない。日本の学校を知っている敦子さんは思います。そして、校長先生に、「生徒たちで掃除をしては」と提案するのです。

アメリカの学校は、さまざまな点で日本と違います。日本のやり方のほうが優れていると感じることも、日本人のお母さんたちには多々あることでしょう。 でも、それを堂々と口にする代わりに日本人のお母さん同士で、陰で愚痴を言い合って終わってしまうことが多いのではないでしょうか。校長先生が耳を貸してくれるわけがない、と決めつけたり、他のお母さんたちが、賛成してくれるわけがないと思い込んだりして。お母さんたちは、自分の子供に、できるだけ勉強をさせたいし、習い事もさせたい。「そうね、学校の掃除もやらせたいわね」とはまず言わないでしょう、と。

敦子さんは違いました。他の人の思惑を気にするよりも、「自分の子供が、ゴミの中で食事をするようなことは認めたくない」という素直な気持ちがまっすぐにあふれ出るのを止めませんでした。

校長先生は、聞いてくれました。お母さんたちも、聞いてくれました。(奇跡とはこのように起こるものです。自分の思いが澄みわたっていると、人々は、自分の心の鏡となって、コミュニケートできるものです)

業者さんは、ちょっと抵抗しました。生徒たちが掃除をしてしまうと、自分たちの仕事が奪われてしまいます。「そうじゃないのよ」と敦子さんはていねいにコミュニケートします。「生徒たちに、あなた方の仕事を手伝わせてやってほしいだけなの」。

そうして、生徒たちが、自ら床掃除をする日々が始まると、またしてもびっくり。子供たちは掃除が大好きでした! お勉強の苦手な子供たちも、生き生きと、はりきって掃除します。そして、全員が、掃除をした後に、分別されてまとめられたゴミの山の大きさに目を白黒させるのです。「毎日こんなにたくさんのゴミが出るんだね」。

敦子さんは、子供たちに、「このたくさんのゴミ、どこに行くのかしらね」と自然に問いかけていました。それは自分自身への問いかけでもありました。

ここにも、ターニングポイントがあります。同じ問いかけをしたことのあるお母さんは少なくないでしょう。お母さんでなくても、わたしたちも、同じことを考えます。でも、それだけなのです。他の忙しいことに心は泳いで、そのまま忘れてしまうのです。

でも、敦子さんは、「どこに行くのか見てみない」と呼びかけるのです。そのようにして、敦子さんと子供たちは、一緒にゴミの行方を追い、世界中のゴミ処理問題に目を開かせていくことになります。

そんなときに出会ったのが、沖縄は池間島の中学生たちでした。世界一美しいと言われる沖縄の海は、海流の関係で、実は、世界中のゴミが流れ着く海でもありました。魚や海鳥は、百円ライターやビニール袋を食べて苦しんでいます。池間島の子供たちは、その海をきれいにしようと、自分たちでゴミを拾い集め、世界の環境活動家たちとスカイプなどで話を聞き(片言の外国語で必死に話すことほど楽しいことはないですよね!)、ゴミ問題に取り組んでいました。

敦子さんは、その子供たちを、アメリカの子供たちに会わせたいと思いました。それで、ビデオを回し始めます。 大学は映画学科、そしてテレビプロダクションで制作に携わっていたキャリアが、自然にここに統合されたのです。

敦子さんは、それから、キック・スターターという、進行中のプロジェクトに対して寄付をつのるシステムを利用し、さらに、友人知人、一度だけ会ったことのある人、署名記事を書いている環境問題ジャーナリスト、等々、誰にでも、「協力してください!」と呼びかけて、制作費用を集め、一本の映画を作りました。

ここにもまた、違いが光ります。映画を作るにはお金がかかる、だからできない、とは言わないのです。「大事なプロジェクトなの。協力して。一緒にやって」とまっすぐに手を差し出すのです。

英語字幕の入った『みんなの海だから』は、いくつもの映画祭で賞をとりましたが、敦子さんの目標はそんなことではありません。映画を大勢の子供たちに見てもらって、目を開かせるきっかけになれればと、そのために40分という長さ(短さ)にフィルムをカットし編集したのです。

人が、正直な気持ちを受け止め、勇気を持って自他を信頼するとき、その人が持っているさまざまなスキル、能力、才能、経験は、自然に統合され、大勢の人たちの愛に包まれ、育まれ、さらに大勢の人を巻き込み、つないでいくものなのですね。佐竹敦子さんは、そのことを、鮮やかに示してくださいました。CRSにとって忘れがたい上映会となりました。作品それ自体も、監督の才能きらめく、ゴミ問題というものを超えた、忘れがたいものでした。

そしてまた、上映後のトークの会では、「僕は海ではないけれども路上のゴミを集めるヴォランティアをやっているんだけど」というような方や、敦子さんと一緒に「学校のカフェテリア文化を考える会」をしている方などがたくさんのことをシェアしてくださり、みんなの心を耕してくれました。

ひとりの勇気は、こうして広がり、ますます大勢に分かち合われていくものなのですね。


(初出誌 Linque Vol.48 発行:国際美容連盟2015年4月)

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